さくら


今日の沼田公園の様子


◎見頃

  4月 5月
10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
御殿桜             x                        
沼田公園全般                                    
天照寺のしだれ桜                                  
発知の彼岸桜                                  
上発知のしだれ桜                                    

   ( ☆・・・見頃、時期は例年 )

  御殿桜 沼田公園全般 十王公園城堀川沿 天照寺のしだれ桜 発知の彼岸桜 上発知のしだれ桜
所 在 地 西倉内町594 西倉内町594 高橋場町他 発知新田町370 中発知町1234 上発知町646
樹齢推定 400年以上   城堀川沿は70年位   500年位  
目通周囲 3.64m     2.52m 4.65m 3.74m
根元周囲 4.70m     3.75m 5.85m 5.43m
枝張東西 19.00m     14.00m 17.20m 18.00m
枝張南北 18.00m     15.70m 22.10m 21.00m
樹   高 17.00m     12.00m 15.00m 17.00m
所 有 者 市他 天照寺 中発知町区 吉野常吉氏
特記事項 ヒガンザクラ
ソメイヨシノ 244本
ヒガンザクラ   5本
ウマミズザクラ 1本
十王公園内
 ソメイヨシノ  67本
城堀川沿
 ソメイヨシノ  14本
関越バス
 (駅〜迦葉山20分)
 発知新田徒歩8分
池田幼稚園真裏
県指定天然記念物
関越バス
 (駅〜迦葉山30分)
 下沢橋徒歩3分
慶福寺入口
関越バス
 (駅〜迦葉山35分)
 坂上徒歩5分


◎問い合わせ先:




沼田城御殿桜


(樹齢推定 400余年、ヒガンザクラ。幹廻り3.6m、目通り1.2m)

 沼田城の天守閣が五層の雄姿を誇っていたころに植えられ、今に残っている沼田城形見の名木である。 
 沼田城は初め蔵内城と称した。約470年前、沼田氏12代の沼田万鬼斎顕泰(ぬまたばんきさいあきやす)が、3カ年かかって天文元(1532)年4月完成させ、柳町の幕岩城から引き移った。顕泰は三男・朝憲に13代城主を譲り、川場村天神城に隠居したが、後妻の子で四男の平八郎影義を城主にせんと企て、永禄12(1569)年正月、朝憲を謀殺。ために沼田氏は築城後37年間にて滅びた。 
 以来沼田城は上杉謙信、北条氏政、武田勝頼、織田信長、真田昌幸、北条氏直の支配時代を経て、天正18(1590)年真田信幸が城主となった。信幸の夫人は徳川家康の曾孫=養女=小松姫である。
 信幸は関ヶ原戦に徳川方につき、戦功により父・昌幸の所領上田城主を兼ねたが、慶長9(1604)年、、この御殿桜の処に三階建ての隅櫓(すみやぐら・水の手曲輪門)を築造。ついで、慶長12(1607)年、今の利根英霊殿の処に五層の天守閣を築造(間口:10間、奥行:9間)。
本丸の外郭に土塀を築くなど、名城を完成させた。
 それから77年後の天和元(1681)年11月、5代城主の信直が徳川幕府に沼田領3万石を没収され、城郭は跡形もなく取壊された。
 名城は姿を消したが、この御殿桜は400年の風雪に耐え、根は古塁の石垣をしっかり抱き、春ごとに寂寥(せきりょう)の色をたたえた花を開き、興亡の歴史を語りつづけている。

〔岸 大洞 氏 文撰〕